創世記

論壇:           創世記         2/10/2019

私は2000年9月から約1年半、また2013年4月からも約1年半、創世記の連続講解説教をしました。それで今回は「旧約聖書の重要個所説教シリーズ」ということで、創世記のさわりの部分だけの説教を数回しようと思います。以前にも紹介しましたが、創世記は11の系図を資料として書かれました。

「これが天地創造の由来である」(2:4)

「これはアダムの系図の書である」(5:1)

「これはノアの物語である」(6:9)

「セム、ハム、ヤフェトの系図は次のとおりである」(10:1)

「セムの系図は次のとおりである」(11:10)

「テラの系図は次のとおりである」(11:27)

「イシュマエルの系図は次のとおりである」(25:12)

「イサクの系図は次のとおりである」(25:19)

「エドムの系図は次のとおりである」(36:1)

「エドム人の先祖エサウの系図は次のとおりである」(36:9)

「ヤコブの家族の由来は次のとおりである」(37:2)

日本語訳では「由来」「物語」とも訳されていますが、上記はすべて、原文では「これは〇〇のトーレドースである」という文章です。トーレドースとは「産ませたもの」という意味です。日本語で系図は「家系」で、本人に至るまでの先祖を意味しますが、ヘブライ語では逆で、本人から始まる子孫のことです。

しかし冠となる1章1節は、天地が何者かから産み出されたという思想を否定しています。諸外国の宗教では「以下は神が産み出したものである」というパターン、または神から次々と流出したものが大地になったり、神々が生まれてきます。日本の『古事記』では、イザナギとイザナミが日本列島と神々を産み出しています。創世記はこのような思想を否定して、天地は神からの流出物ではなく、神によって造られた被造物だと強調しており、これが創世記の大特徴です。

11の資料では、ヤコブの系図が最も長いのが分かります。創世記はヤコブ(別名イスラエル)とその周辺の系図を中心に編集されました。これは当然のことで、神はご自分を「アブラハム、イサク、ヤコブの神である主」と啓示されました(出エジプト記3:15)。創世記は選びの民イスラエルがどこから、どのように始まったのかを説明する歴史文章で、イスラエル王国の最盛期に編集されました(36:31)。

この11の系図の上に「初めに」という天地創造物語が冠として置かれ、ユダヤ人の好きな神聖数字12の資料ということになります。天地創造物語は、イスラエルの最高の書記官、祭司たちが祈りながら、長い時間をかけて推敲した結果の神学論文で、諸外国の宗教、神話を否定し、ヤハウェをほめたたえる意図で書かれたものです。従って諸外国で神として礼拝の対象となっている太陽も月も星も、それらは神によって人間のために造られた照明道具に過ぎないと主張し、諸外国の神話を「非神話化」しています。目撃者のいない天地創造記事ですから、もちろん神の導きに教えられて書かれたものです。

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