気候温暖化と地球

論壇:       気候温暖化と地球        1/9/2022

昔はロンドンのテムズ川もソウルの漢江(ハンガン)も冬には氷結したのに、近年はそれがなくなったとニュースで言っていました。私が子どもの頃は、水で満たした盥に下駄を浮かべ、夜戸外に置いておくと下駄氷ができ、道路でアイススケートができたものです。

温暖化とは人間の活動が活発になるにつれ、温室効果ガスが大気中に大量に放出され、地球全体の平均気温が上がる現象です。温暖化は地球全体の気候変動を引き起こし、南極海の氷が溶け、アジアの国々では地盤沈下と海面上昇により、海岸沿いの地は浸食されています。ニュージーランドとハワイの中間にあるツバルという国の国土は最高位でも4.6メートルしかなく、今世紀中になくなってしまう危機にあるとのことです。インド洋のモルジブなども同じ運命にあります。

ところが温暖化現象は温室ガスのせいではなく、地球の温暖期 → 氷河期 → 温暖期というサイクルの繰り返しに過ぎないという学者もいます。私には詳しいことは分かりませんが、自然とは人間がコントロールできるものではありません。台風も火山も津波も地震も人間には制御できるはずがないないという畏れが必要です。

聖書では自然は神の摂理の中にあるという素朴な思想が繰り返し表明され、それが神賛美になっています。自然は人間の利便のために造られ、それらは「極めて良かった」(創世記1:30)のです。天地創造と自然の摂理を詠った詩編104編は、地の作物が「人の心を喜ばせ、人の心を支える」と、人間のために造られた自然のすばらしさを手放しで喜んでいます。

しかし人間の罪によって「土は呪われるもの」となり、人間は「生涯食べ物を得ようと苦しむ」(創世記3:17)宿命の下、あらゆる自然災害の環境の中で生きねばなりません。もう大地は豊かな恵みを保証してくれません。さらに偶像礼拝の罪の故に「主は地を裸にして荒廃させ…世界は枯れ衰える…呪いが地を食い尽くす」(イザヤ24:1―6)。

もう絶望しかないのでしょうか。いいえ自然は基本的には人間に奉仕するために造られたのです。だから人間がもっと謙虚に自然に畏敬を持ち、地の恵みに感謝するなら自然は応えてくれます。神の水は「穀物を備え、畝を潤し、土をならし、芽生えたものを祝福し、…牧場は羊の群れに装われ谷は麦に覆われ、ものみな歌い、喜びの叫びをあげる」(詩64:10―14)。

日々の食物への感謝があり、貧しい人々のことをいつも考え、豊作の年は賛美と感謝をささげ、飢饉のときは貧しい者と食べ物を分け合い、泣く者と共に泣く。詩編は呪われた自然の中でも、そのような素朴な生き方をせよと教えています。

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