書評、『こころ』を読み解く丸谷才一

論壇:   書評、『こころ』を読み解く丸谷才一   10/24/2021

先週金曜日に行われた改革派神学研修所夜間聖書教室のテーマは聖書の翻訳の難しさでした。その中で「heartは本当に“心”と訳せるのか」という例が挙げられていました。それで思ったのですが、日本人でも「心」、「こころ」が思い描くイメージは千差万別でしょう。

それで思い出したのが、私が高校生時代に読んだ夏目漱石(1867-1916)晩年の小説『こころ』です。主人公が「先生」と尊敬する男は罪の意識にさいなまれて自殺してしまうという「罪」をテーマにした物語です。これを読んだ時はさっぱり理解できず放り投げてしまいました。それで矢内文庫にあった丸谷才一(1925-2012)の随筆集『コロンブスの卵』の中で、「徴兵忌避者としての夏目漱石」という文章があったのを思い出して、秋の夜長にもう一度読んでみました。

丸谷才一によれば、『こころ』では「先生」の自殺の契機は明治天皇死去に伴う乃木希典大将の殉死ということになっているが、どうにも納得がいかない。「二〇三高地で死んだ若者たちへの責任ではなく明治天皇への殉死という形を取った欺瞞」などということを当時では決して言えなかった。「明治の精神が天皇に始まって天皇に終わった」ことを「先生の殉死」の契機にしていることが我慢ならない。“明治の精神”などという手垢にまぎれた言葉が僕につきつけられたと丸谷は憤慨します。それで丸谷は夏目漱石の生い立ちを深く調べ、下記のような結論を導き出します。

明治政府が発布した国民皆兵の徴兵令(1883年改訂版)では、北海道は住民が少なく徴兵対象地から外されていた。それで夏目漱石は住民票を北海道に転籍して徴兵から逃れた(26歳)。日清戦争(1894-1895)では約18,000人の若者が戦死したが、これが漱石に罪の意識を与え精神衰弱を来した。彼らは自分の身代わりとなって死んだのだ。さらには彼らを殺したのは自分だとさえ思ったかもしれない。

漱石は後に奨学金を得てロンドンへ留学するが、ここでも神経衰弱になった。それは国家を裏切ったのに、その国家からおめおめと金をもらって外国に来ている以上、せめてその金にふさわしいだけのことをしなければならないという重圧によったのではないか。

漱石は東京高等師範学校などの講師をやめ、突然四国で中学校の教師となるという「都落ち」をする。これも国家の禄をはんで官立学校で教えることへの抵抗感であった。帰国後は高給の官職を蹴って、当時はまだ小企業であった朝日新聞に入社したのも同じ理由だったろう。

『こころ』に現われた漱石の心の深い闇を払うものはありませんでした。

漱石がイエスに出会っていたら、どのような文学を書いたことでしょうか。

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